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狸穴からの眺め

ついったで喋るにはちょっと重い話とか

毒親持ちにはキリスト教は眩しすぎる

実家は九州の片田舎。
父親九州男児の悪いところを煮詰めたような男であり、
母親は、まぁじっと我慢の子であった…みたいな人で、だけど爆発する前に私に愚痴ることで発散していたタイプ。

あんまり毒親エピソードを書いてもただの被虐自慢になってしまうし
思い出すだけで胸糞悪くなるし涙出そうになるからさらっと流すけど、何か悪い事をしたとかじゃなくて
親同士の仲が悪い隣家の同級生と遊んだというだけで殴られる蹴られる家を締め出されるくらいはされたし、
稼ぎなければ発言権無し的な家庭だったので、意見を言おうとすると
「だいの金で食わしてもらいよっと思うとっとか!」って怒鳴られてたし
大学には行かせてもらったけど「○○学部じゃなかなら学費は出さん」って言われたし
就職も九州内という親の希望に反したら「おめでとう」も言われなかったし
というか母からは「男産まなくてすみませんでしたねーーー!!!」とかヒス起こされたし
父からは「墓守はどがんすっと」「家はどがんすっと」って言われてるし、
まぁアレです、毒親の例のうち、性的虐待以外はたぶん一通りやってんじゃないかな。

こういう家庭に育つと、キリスト教のお話は眩しすぎる。

↓こういう風に捉えちゃうわけだな、うん。

まず、父は優しいものではなくて、ご機嫌を取らないといけない人。
酔っ払って気分良く居ると思ったら次の瞬間にビンタが飛んでくるものだ。
幸いにもビンタを免れることがあっても、「クサレが」とか暴言でメンタルやられる。

右の頬を打たれて左の頬を差し出したら「なんてかー!」って怒鳴られて
左の頬だけでなく全身ボコボコにされるのであって、
まぁなんだ、つまりアレか、「右の頬を打たれたら覚悟して死ね」的なアレか。

ひとり子を給う“ほどに”世人を愛されたっていうのも接続がしっくりこない。
子を寄越すのは自分が行くのが面倒臭いからではないのか。
なにか、ひとり子だったらそんなに大事にしてもらえるのか。私は兄弟が居るから大事にされなかったのか。

自分を愛するように貴方の隣人を愛せよと言われましても、自分のこと大嫌いですし…。

というわけで、キリスト教を全面的に受け入れられて信仰している人っていうのは
愛されて幸せに育ったんだろうなぁ、いいなぁ、羨ましいなぁ、と思います。
やっぱ幸せに育った人と私は考え方合わないんやろな、とも。

おばちゃんとか神父さんとかは「あなたの求める形ではなかったけど、それも愛なんだよ」
って言うけど、愛があれば殴る蹴るで血を流してる子供に「お父さんの言うこと聞かんけんよ」って言ったり
自家中毒になるくらいのストレスを与え続けたり、交友関係を自分の好き嫌いで制限したりできるんですね^^
って皮肉の1つや2つも心に湧いてくるってもんです。

キリスト教は毒親持ちを救わないのかしら。
このへんも、勉強してるうちに分かるようになると面白いな〜。