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狸穴からの眺め

ついったで喋るにはちょっと重い話とか

ごった煮信仰の者、教会へ行く

カトリック キリスト教

先日ちょっくら思い立って近所のカトリック教会に行ってきた。

地味な仏壇と神棚のある家で育ち、ルーテル幼稚園に通い、幸福の科学の絵本を読み聞かせられ、
多感な時期にホームステイしたアメリカでは日曜毎ににバプテスト教会に連れられた私である。

元々、宗教建築とか宗教施設内の清掃状況には興味があったんだけども
ここ2年くらい何かよく分からないけど宗教に関してご縁が押し寄せてきている。
正直ちょっと怖い。

宗教学を専攻しているムスリム女子と友達になって、
インドの宗教観とか恋愛観の濃く反映された映画を薦められてみたり、
何かポップス感あるイスラム音楽が送られてきたのでimee ooiの曲を紹介してみたり、
日本人の宗教観がピンと来ないから教えて!って言われて自分の宗教観について説明する羽目になったり
(普段全く意識してないので自分の宗教観を見つめ直す良い機会にはなったと思っている。
 ちなみにムスリム女子からは「うん理解できない世界があるのは分かった」って言われた笑)、
気色悪いくらい意味分からん流れで急遽伊勢神宮にお詣りして外玉垣南御門のご開門を見ることになったり、
神戸旅行でぷらぷらしてたらプロテスタントの教会とかカトリックの教会とかにご縁があって
日曜礼拝とかミサとかに出席させてもらえることになったり、
中見せてーって飛び込んだ神戸モスクではコーランの解釈について1時間半ほど話をする機会を得たり、
日本国内では1%以下しか居ないと言われるキリスト教徒(カトリック)の友達が、
宗教全く関係ない繋がりから短期間に2名もできたり。

ちなみに私は無神論者というわけではないけど、
「まぁいるのかもなぁ、よう知らんけど」という程度の信仰心を持っている。

初めて伊勢神宮に行こうとしたときなんかは、
(まぁお伊勢さんにはお呼ばれして行くものらしいんだけども)
普段三重ナンバーとか見ること皆無レベルの土地なのに、
新幹線の駅まで移動中に三重ナンバーのしかも後部ドアにババァーン!と
「伊勢乃国」って書いてあるトラックの後ろを

先導されるかのように延々と走ることになったりしたから

「不思議ねぇ」と思う。

こういう不思議現象に対して、
「お呼ばれ」とか「ご縁」とか「因果」とか「神様のお導き」とか、考え方によって言い方は色々あるけど
誰かの意思のようなものを感じるというのは、自分にとっては自然なことだった。

でだ。
その上で、まーよく分かんないけど近所のカトリック教会に飛び込むことになったのだ。
流れは今でもよく分かんない。というかあんまり覚えていない。
おばちゃんとちょっと話をしたと思ったら、あれよあれよという間に…。
気付いたら、にこにこしたおばちゃんに促されて、新人相手に話をする担当っぽいおばちゃんの横に座ることになった。